この作品、札幌からはじまって札幌で終わっているんだな。この人の書く少し不思議な世界への入り口が自分の住む街にあると考えるのは楽しい。当分の間街を歩き回る燃料になる。
村上春樹に出会うのが僕は遅かった。「ノルウェイの森」が話題になったころ、あの少しおしゃれな感じの装丁にとっつきにくかったのだ。
作品の中に出てくる主人公の年齢を超えてから読んでみると、もっと若い頃に読んでいたらどんなことを考えただろうと思う。そういう風に読むとまさに二度美味しく読めるような気がする。
「それで僕は無駄というものは、高度資本主義社会における最大の美徳なのだと彼に教えてやった。日本がアメリカからファントム・ジェットを買って、スクランブルをやって無駄に燃料を消費することによって、世界の経済がそのぶん余計に回転し、その回転によって資本主義はより高度になっていくのだ。もしみんなが無駄というものを一切生み出さなくなったら、大恐慌が起こって世界の経済は無茶苦茶になってしまうだろう。無駄というものは矛盾を引き起こす燃料であり、矛盾が経済を活性化し、活性化が無駄を作り出すのだ、と。」
「駄目だね。好きになんかなれない、とても。何の意味もないことだよ。美味い店をみつける。雑誌に出してみんなに紹介する。ここに行きなさい。こういうものを食べなさい。でもどうしてわざわざそんなことをしなくちゃいけないんだろう? みんな勝手に自分の好きなものを食べていればいいじゃないか。そうだろう? どうして他人に食い物屋のことまでいちいち教えてもらわなくちゃならないんだ? どうしてメニューの選び方まで教えてもらわなくちゃならないんだ? そしてね、そういうところで紹介される店って、有名になるに従って味もサービスもどんどん落ちていくんだ。十中八、九はね。需要と供給のバランスが崩れるからだよ。それが僕らのやっていることだよ。何かを見つけてはそれをひとつひとつ丁寧におとしめていくんだ。真っ白なものを見つけては、垢だらけにしていくんだ。それを人々は情報と呼ぶ。生活空間の隅から隅まで隙を残さずに底網ですくっていくことを情報の洗練化と呼ぶ。そういうことにとことんうんざりする。自分でやっていて」
ダンス・ダンス・ダンス〈上〉 (講談社文庫)
村上 春樹
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